●全ての国に9条を!

 1945年、日本の無条件降伏によって第2次世界大戦が終わりを告げました。これに先立ち世界はそれまでの戦争の歴史を振り返り、あまりにも戦争の犠牲が大きいことを認識し、武力によって紛争を解決することの愚かさを反省し、2度と過ちを繰り返すまいとの思いから1945年6月のサンフランシスコ会議において、『国連憲章』が誕生しました。そうした意志が同年10月の国連正式発足へと結実したのです。こうした平和希求の流れの中で日本は連合国による占領統治がなされ、理想の国家の形を示すものとして日本国憲法が起草されました。

 



 1945年、日本の無条件降伏によって第2次世界大戦が終わりを告げました。これに先立ち世界はそれまでの戦争の歴史を振り返り、あまりにも戦争の犠牲が大きいことを認識し、武力によって紛争を解決することの愚かさを反省し、2度と過ちを繰り返すまいとの思いから1945年6月のサンフランシスコ会議において、『国連憲章』が誕生しました。そうした意志が同年10月の国連正式発足へと結実したのです。こうした平和希求の流れの中で日本は連合国による占領統治がなされ、理想の国家の形を示すものとして日本国憲法が起草されました。

 日本国憲法は、原案はGHQの作成によるものですが、既に多くの学識経験者や各政党から草案が公表されており、とりわけ民間団体である『憲法研究会』の『憲法草案要綱』がGHQに強い関心を持たせたといわれています。最終的にはGHQと日本国政府との間でいくつかの修整が加えられ、吉田内閣の下、戦後初の総選挙後の衆議院本会議、貴族院本会議とそれぞれ修正された後圧倒的多数で可決されました。その後天皇臨席の枢密院本会議で「帝国憲法改正案」として2名の欠席者を除く全会一致で可決したのです。以後日本はこの憲法の理想を目指して邁進していくはずでしたが、朝鮮戦争を境に東西冷戦は決定的なものとなり、1952年サンフランシスコ講和条約以後は、実質上アメリカ1国の管理下となったのです。冷戦を境に豹変したアメリカの戦争政策と、それに迎合することしかできなかった日本の歴代内閣によって無理やり作り出された現実は、憲法の目指す方向からは徐々にかけ離れていきました。今やアメリカは(ブッシュ政権は)世界で最も好戦的で危険な国となり、それゆえ孤立を深め、9条の理想からは最も遠い国へと堕しています。

 日本は、平和への希望を担うことを世界中から期待されている国です。アメリカ1国の思惑に左右されてはなりません。日本国憲法前文に謳われている理想は、全ての国に共通するあるべき姿を示しています。IADL(国際民主法律家協会)は2005年の総会で「21世紀に戦争のない世界をつくりあげることは、人類の悲願である。それゆえ、 第9条は、人類の希望の原理を指し示している、人類の宝であると言っても過言ではない。人類の希望の原理を指し示している、人類の宝を破壊することは絶対に許されない」と決議しています。

 今多くの国が軍隊を有しているからといって、日本も軍備しなければならない理由などありません。逆に、全ての国が『9条』を持つように努めることこそ大切なのではないでしょうか。

 『9条を守る!』から『9条を広める!』へと思考を発展させる時期が来ていると思います。

 不幸な戦争を体験した人も平和憲法の下に生まれ育った人も、憲法の初心に思いいたせば、日本人にはみな『人類の宝』を守り発展させるという、平和の義務が課せられていることを自覚する必要を感じます。


●『全ての国に9条を!』国際フォーラム IN OKINAWA
    といった感じの運動を創出することはできないものでしょうか。
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  by kobo1947 | 2006-02-28 17:29 | 日々思うこと

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